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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)8087号 判決

原告 不二商事株式会社破産管財人 安木健

右訴訟代理人弁護士 石田法子

同 太田稔

同 鬼追明夫

同 吉田訓康

被告 株式会社住友銀行

右代表者代表取締役 磯田一郎

右訴訟代理人弁護士 川合五郎

同 川合孝郎

主文

一  被告は原告に対し金一〇万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一二月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、原告が金三万五〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。但し、被告は、金七万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一申立

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し金二六六万〇七六〇円及びこれに対する昭和五四年一二月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言。

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

(請求の原因)

一  不二商事株式会社(以下不二商事という)は、昭和五四年五月一一日午前一〇時大阪地方裁判所から破産宣告を受け、原告は、その破産管財人に就任した。

二  不二商事は、かねて被告(取扱店梅田新道支店)と当座勘定取引契約(口座番号二六五九六五)を結んでいた。

三  不二商事の当座勘定に左記三口の振込(以下1ないし3の振込という)があり、被告梅田新道支店ではそれぞれこの入金処理をすませた。

1 振込年月日 昭和五四年四月二八日

振込金額 八二万九九〇〇円

仕向店 被告高麗橋支店

振込依頼人 三機工業株式会社(以下三機工業という)

2 振込年月日 昭和五四年四月二八日

振込金額 一七二万五八六〇円

仕向店 不明

振込依頼人 日新電機株式会社(以下日新電機という)

3 振込年月日 昭和五四年五月一日

振込金額 一〇万五〇〇〇円

仕向店 株式会社第一勧業銀行高麗橋支店(以下第一勧銀という)

振込依頼人 西部神鋼フォークリフト株式会社(以下西部神鋼という)

四  預金債権発生の有無及びその時期は、画一的に明確でなければならず、被告の当座勘定規定第四条は、これを当座勘定元帳に入金記帳された時点と定めているから、前項記載のように入金処理がなされた以上、その時点で不二商事の預金債権は発生しており、それ以後は仕向店や振込依頼人の依頼のみによって組戻しをすることはできない。ところが、被告は、不二商事の同意なしに、1及び2の振込については昭和五四年四月二八日(入金の当日)、3の振込については同年五月二日(入金の翌日)仕向店の依頼によりその組戻しを行った。しかし、右組戻しは無効であり、不二商事の前記預金債権は依然存続する。

五  被告は、昭和五四年六月四日付書面で不二商事との当座勘定取引契約を解約した。

六  よって、原告は、被告に対し、前記預金合計二六六万〇七六〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年一二月一九日から支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一  請求の原因第一項記載の事実は、認める。

二  同第二項記載の事実も、認める。

三  同第三項記載の事実は、否認する。

(一) 被告高麗橋支店は、昭和五四年四月二四日三機工業から1の振込の分を含む七四口につき振込指定日を同年四月二八日とする振込の依頼を受け、直ちに右全部につきこれを振込事務をコンピューターにより機械的、集中的に取扱っている交換センターに連絡し右指定日に振込がなされるよう手配していたところ、同年四月二七日三機工業から右1の振込につき組戻しの依頼があったので、直ちにその旨を被仕向店である被告梅田新道支店に連絡し、被告梅田新道支店では、これに基づいて組戻しの手続をしたのであるが、機械操作の関係や月末繁忙期における事務処理能力の関係で不二商事の口座に全く払込がなかったことにするのは極めて困難であったため、当座勘定元帳上は同年四月二八日一旦入金し同日直ちに出金した旨の記帳をしたのである。従って、右は単なる帳簿上の操作にすぎず、右1の振込については入金はなかったのである。

(二) 被告京都支店は、昭和五四年四月二五日日新電機から2の振込の分を含む八口につき振込指定日を同年四月二八日とする振込の依頼を受け、直ちに右全部につきこれを交換センターに連絡し右指定日に振込がなされるよう手配していたところ、同年四月二七日日新電機から右2の振込につき組戻しの依頼があったので、直ちにその旨を被告梅田新道支店に連絡し、被告梅田新道支店では、これに基づいて組戻しの手続をしたのであるが、(一)同様の事情から、当座勘定元帳上は同年四月二八日一旦入金し同日直ちに出金した旨の記帳をしたのである。従って、右2の振込についても入金はなかったのである。

(三) 被告梅田新道支店は、昭和五四年五月一日第一勧銀から西部神鋼よりの依頼であるとして交換センターを経由して3の振込の通知を受けたが、翌五月二日第一勧銀から西部神鋼よりの依頼であるとして右振込の組戻しの依頼を受けたので、不二商事に連絡のうえ(但し、不二商事の承諾は得ていない)組戻しに応じ、当座勘定元帳上は同年五月一日入金し翌五月二日出金した旨の記帳をしたのである。従って、右3の振込についても入金はなかったことになるのである。

四  請求の原因第四項記載の事実は、前項(一)ないし(三)記載の事実と合致する限度では認めるが、その余は否認する。

当座勘定元帳は、有価証券のように文言証券性を有するものではなく単なる商業帳簿にすぎないから、振込の組戻しによって振込による入金がない場合には、たとえ当座勘定元帳に入金記帳がなされても、そのことによってその時点で預金債権が発生するなどということはあり得ない。

五  請求の原因第五項記載の事実は、認める。

六  同第六項は、争う。

(抗弁)

一  1の振込の依頼は、三機工業の不二商事に対する債務の弁済のためになされたものであるところ、右債務については、原告と三機工業との間で昭和五四年六月一三日頃和解契約を締結し、三機工業は右契約に基づき同年六月二八日原告にこれを弁済した。

二  2の振込の依頼は、日新電機の不二商事に対する債務の弁済のためになされたものであるところ、右債務については、原告と日新電機との間で昭和五四年一〇月一六日和解契約を締結し日新電機の不二商事に対する債権と合意で相殺した。

三  3の振込依頼は、西部神鋼の不二商事に対する債務の弁済のためになされたものであるところ、右債務については、西部神鋼は不二商事に対し昭和五四年五月一一日付その頃到達の内容証明郵便で自己が不二商事に対して有する債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  従って、原告の本訴請求は、主債務者から債務の支払を受けながら保証人に請求するような場合と実質的には同一の、二重請求であって、失当である。

(抗弁に対する答弁)

原告と振込依頼人との関係は、原告と被告との関係とは別個であり、原告が本訴解決後その調達を図ればよい事柄であるから、被告の抗弁は、主張自体理由がない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因第一、二、五項記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  同第三、四項記載の事実について。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被告高麗橋支店は、昭和五四年四月二四日三機工業から1の振込の分を含む七四口につき振込指定日を同年四月二八日とする振込の依頼を受け、直ちに右全部につきこれを振込事務をコンピューターにより機械的、集中的に取扱っている交換センターに連絡し右指定日に振込がなされるよう手配していたところ、同年四月二七日三機工業から右1の振込につき組戻しの依頼があったので、直ちにその旨を被仕向店である被告梅田新道支店に連絡した。ところが、右振込については、すでに振込依頼日に交換センターのコンピューターに打ち込まれていて、これを振込指定日以前に取消すことは、手続的にかなり繁雑であり被告梅田新道支店の月末繁忙期における事務処理能力からして困難であったところから、同支店では、振込指定日当日に交換センターから振込による入金の通知があるのを待って直ちに振込依頼人である三機工業の依頼によるものとして出金し同社に返金するという手続をとり、このような形で振込の組戻しをした。従って、被告梅田新道支店の当座勘定元帳にも、右振込は、振込指定日である昭和五四年四月二八日入金、同日出金と記帳されている。

(二)  被告京都支店は、昭和五四年四月二五日日新電機から2の振込の分を含む八口につき振込指定日を同年四月二八日とする振込の依頼を受け、直ちに右全部につきこれを交換センターに連絡し右指定日に振込がなされるよう手配していたところ、同年四月二七日日新電機から右2の振込につき組戻しの依頼があったので、直ちにその旨を被仕向店である被告梅田新道支店に連絡した。被告梅田新道支店のその後の処理、当座勘定元帳への記帳は、(一)と同様である。

(三)  被告梅田新道支店は、昭和五四年五月一日第一勧銀から西部神鋼よりの依頼であるとして交換センターを経由して3の振込による入金の通知を受け、当座勘定元帳にもその旨の記帳をしたが、翌五月二日第一勧銀から西部神鋼よりの依頼であるとして右振込の組戻しの依頼を受けたので、直ちに不二商事に連絡のうえ但し同社の承諾は得ることなく、西部神鋼よりの依頼によるものとして出金し同社に返金するという手続をとり、当座勘定元帳にも昭和五四年五月二日出金と記帳をした。

以上認定の事実によれば、右(一)、(二)の場合は、振込の意思表示が発効する振込指定日より前に右意思表示を撤回する組戻しの意思表示が被仕向店である被告梅田新道支店に到達しているのであるから、振込の法的性質をどのように解するにせよ、振込の意思表示は効力を生ずるに由なく、不二商事の預金債権は成立していないものといわなければならない。当座勘定元帳上は右(一)、(二)の場合も一旦入金があったのちに出金したような記帳になっているところ、《証拠省略》によれば、被告の当座勘定規定第三、四条には当座勘定への振込の場合は当座勘定元帳へ入金記帳したうえでなければ支払資金としない旨規定されていることが認められるところから、原告は、当座口振込による預金債権の成立する時期は当座勘定元帳への入金記帳のときであるとし、不二商事の預金債権は成立していると主張するのであるが、被告が主張するように、当座勘定元帳は、有価証券のように文言証券性を有するものではなく単なる商業帳簿にすぎないから、振込の組戻し等によって真実入金がない場合には、たとえ当座勘定元帳に入金記帳がなされたとしても、それによって預金債権が成立することはないのであって、原告の主張は理由がない。しかし、(三)の場合は、被仕向店である被告梅田支店の当座勘定元帳に入金記帳がなされたときまでには、振込の組戻しの意思表示は同支店には到達していないのであるから、これまた振込の法的性質をどのように解するにせよ、不二商事の預金債権は、右の入金記帳がなされた時点ではすでに成立しているものといわなければならない。そうだとすると、その後は振込依頼人と被振込銀行との合意のみによって振込を取消すことができないのは当然であり、不二商事の預金債権は、前記被告梅田新道支店のした振込の組戻し(出金)によっては消滅しない。

三  抗弁第三、四項について

不二商事の被告に対する預金債権と西部神鋼に対する債権とは、被告が主張する主債務者に対する債権と保証人に対する債権との関係などのようないわゆる異主体間の請求権の競合の関係にはなく、前者が成立すれば、後者は弁済により消滅し、前者が成立しなければ、後者は依然存続することになるという点で、前者の成否が後者の存否の先決関係になっているにすぎないから、前者の成否がきまらない間に後者について相殺がなされたとしても、そのことによって前者が影響を受けるようなことはない。従って、被告の抗弁は、主張自体理由がない。

四  以上によれば、被告は原告に対し3の振込による預金の払戻金一〇万五〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和五四年一二月一九日から支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負うことになる。

よって、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条を、仮執行宣言及び仮執行免脱宣言につき同法一九六条一、三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 露木靖郎)

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